大判例

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東京高等裁判所 平成12年(う)1306号 判決

被告人 金丸聡志

〔抄 録〕

論旨は、要するに、原判決は、被告人が平成一一年三月一八日午前五時二〇分ころ、東京都港区六本木五丁目一六番四号所在の三河台ビル前路上において、堀米高志(当時二五歳、以下「相手方」又は「被害者」という。)に対し、その腹部辺りに数回膝蹴りをしたり、同人を路上に仰向けに倒してその頭部を路面に打ち付けるなどの暴行を加え、同人に入院加療約二三日間を要する傷害を負わせた旨認定し、被告人を傷害罪の刑で処断しているが、<1>被告人の本件所為は、相手方の急迫不正の侵害から自己の身を守るための反撃である、<2>相手方による急迫不正の侵害は本件所為当時未だ終了していなかったものであり、被告人は故意に相手方を路上に仰向けに倒したものではないから、本件所為は防衛の程度を超えていない、<3>仮に本件所為が防衛の程度を超える過剰なものと評価されるとしても、被告人には過剰性の認識がなかったものである、したがって、被告人は無罪であり、そうでないとしても、本件については少なくとも過剰防衛による刑の減免を認めるべきであったから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

《中略》

二 以上の目撃者らや被告人の供述を中心とする関係証拠を総合すれば、被告人と相手方の闘争の状況として、以下の事実が認められる。

1 被告人は、本件当日午前五時過ぎころ、東京都港区六本木五丁目一六番所在の駐車場に向かい、同区六本木五丁目五番一号所在の通称ロアビル前付近を歩行中、反対側から歩いてきた相手方とすれ違い、その際同人と肩が軽く触れた。すると、後方から、相手方が「ちょっと待て」「何だきさまは」などと怒鳴るのが聞こえたが、被告人は無視して六本木交差点を経て通称外苑東通りの南側歩道上を歩いていた。

2 被告人は、同区六本木五丁目一六番四号所在の三河台ビル前付近歩道上まで進むと、相手方から「待て」「きさま」と怒鳴られた上、いきなり殴りかかられ、被告人の両肩をつかんで押すなどの暴行を加えられた。そのため、被告人は相手方を殴り返し、二人は殴り合い、つかみ合いの状態になった。なお、この際の相手方の被告人のジャケットをつかむなどの攻撃により、ジャケットが破れた可能性が大であり、そうすると、相手方の攻撃は相当強度のものであった疑いが否定できない。そのうち、被告人は、相手方からつかまれ、強く後方に押されるような状態で車道上に移動した。

この点は、目撃者らの供述では必ずしも明らかではない。しかし、被告人が本件当時着ていたジャケットはその背面右側部分が縦に破れている(司法警察員作成の証拠品写真撮影報告書、原審甲15号証)が、目撃者らは、被告人と相手方の闘争をその発端からではなく、途中から目撃していると認められるところ、目撃者らの供述からは、被告人の着衣にこのような損傷が生ずるような状況があったようには窺われないから、これは、目撃者らが注目する前の段階すなわち両者が歩道上で接近した初期の時点における、相手方の被告人に対する攻撃によって生じた可能性が大きいと思われる(もっとも、被告人は、この点につき、相手方から両肩をつかまれて押されて車道上に倒れた際にジャケットが破れた旨供述しているところ、目撃者らはいずれも被告人が転倒したことを否定しているので、破れた状況を具体的に確定することは困難である。)。なお、被告人が進んで車道上に移動するとか、相手方を車道上に押していったと見るには、その理由・目的が十分に説明できない。

3 車道上において、被告人と相手方はつかみ合い、互いに殴り合うような状況になったが、被告人が相手方の脇腹を数回にわたって膝蹴りをしたころから、相手方は反撃することができなくなった。それでもなお、被告人は、相手方の身体に膝蹴りを加えるなどの暴行を継続したため、相手方は防戦一方の状況になった。そして、被告人と相手方は互いにつかみ合うような体勢で乃木坂駅寄りに若干移動し、同所において、被告人が相手方を仰向けに倒し、その結果、相手方はその頭部を路面に打ち付け、前記原判示の傷害を負った。

相手方が倒れた原因については、被告人は捜査段階では、「相手方の背広の両袖を持ち、同人の左足に自分の左足を掛けるようにして路上に投げ飛ばした」「柔道の体落としのような形で、相手方を投げ飛ばした」「自分の左足を相手方の左足に引っ掛けて払うなどした」などと供述し、第一回公判の罪状認否においては、起訴状の公訴事実で相手方への暴行態様が「その下腹部を数回足蹴にし、同人を路上に押し倒す等の暴行を加え」と記載されているのに対し、自己の行為は正当防衛に当たるとして無罪を主張しつつも、「路上に押し倒した事実」を含めて相手方に対する暴行はそのとおり間違いないと陳述している。目撃者らの供述をみると、被告人と相手方がつかみ合った状態で、相手方が鉛筆が倒れるような態様で急に倒れたが、その際被告人もその上に乗りかかるように倒れたとする点ではほぼ一致している(所論指摘のとおり、目撃者の一人である須藤典子は、倒れたのは相手方だけであると証言しているが、須藤は、争っている二人の男の方はあまり見ないようにしていたと言い、その証言には全体としてあいまいな点が多い上、同人は検察官調書では、被告人も倒れたかどうか覚えていない旨供述していたことが窺われるので、右証言部分の信用性は低い。)。被告人の行為については、府川が「被告人が柔道の大外刈りのような感じで倒したと感じた」旨供述しているのに対し、齋藤及び明石は、転倒時の状況も見ていたが、被告人が相手方に足を掛けて倒したとは供述していない。このような証拠関係からすると、結局、相手方の転倒は、被告人が足を掛けたことによるのか、被告人が胸倉をつかんだまま押したことによるのか、その双方によるのかを、確定することは躊躇されるが、相手方が偶発的に倒れたのに、被告人が前記のような自己に不利益な供述をするとは考えられないこと(被告人は捜査段階でも目撃者らの供述とは重要な点で異なる供述をしている。)、一般に、闘争状態にある者がこれを終わらせるために相手を倒そうとすることは自然な成り行きであると考えられることからすると、いずれにせよ、被告人が相手方を倒そうとして倒したものと認めるのが相当である。したがって、原判決が「被告人に足を掛けられたことがその原因となったかどうかはともかく、少なくとも、被告人に故意に倒されたものである」旨認定しているところは正当であり、原判決にこの点についての事実の誤認はない。

三 正当防衛・過剰防衛の成否

以上の事実関係をもとに正当防衛・過剰防衛の成否について検討する。

1 急迫不正の侵害について

前記のとおり、本件の発端が相手方の粗暴な言動にあり、引き続いて相手方が被告人に殴りかかり、つかみかかって押すなどの暴行に及んだ事実は否定し難いところである(この暴行により、被告人が着ていたジャケットが破れた可能性が大きいことは前述したとおりである。)。したがって、このような相手方の行為は、被告人の身体に対する急迫不正の侵害であり、被告人がこれに応じて相手方に加えた暴行行為は、自己の身体を防衛するための反撃行為すなわち防衛行為と見ることができる。

この急迫不正の侵害の点については、原判決も「当初は、相手方が被告人に絡み、つかみ合いとなって相手方が被告人に殴り掛かったりするという状況もあって、これが被告人に対する急迫不正の侵害に該当すると考え得るとしても」と判示しており、積極的に否定しているわけではない。しかし、原判決は、「遅くとも、被告人と相手方が車道上に至ったころには、被告人が、むしろ逃げようとする相手方の胸倉をつかみ、その腹部辺りに数回膝蹴りをしたり、その体を駐車車両に押し付けたりするなど、一方的な暴行に及ぶという状況になり、これに対して相手方の方は、足元もふらつく状態で、被告人に対して全く反撃もしなくなっていたのであるから、同人の被告人に対する従前の急迫不正の侵害(それが存在したとして)はもはや終了していたものというべきである」旨判示している。

そこで、相手方による急迫不正の侵害の終了に関する原判決の右認定の当否等について検討する。

第一に、関係証拠によると、三河台ビル前の歩道上での相手方による被告人への当初の攻撃から、乃木坂駅寄りの車道上で相手方が転倒するまでの時間は、長めに見積もっても、二分間程度ということになる。なぜならば、被告人が相手方と遭遇する前にコンビニエンスストアで買物をした時刻が午前五時一七分であることは、同店のレジシートの記載により裏付けられており、同店から三河台ビルまでの所要時間は約二分一四秒であると認められるから、被告人が三河台ビル前に至ったのが五時一九分過ぎころということになり、また、目撃者らが一一〇番通報した時刻が五時二二分であることが明らかであるところ、被告人が三河台ビル前に至ってから、相手方が当初の攻撃に及ぶまでに若干の時間の経過があり、相手方の転倒時点から、目撃者らがこれを確認して一一〇番通報するまでにも若干の時間が経過しているものと考えられるからである。そうすると、被告人と相手方の闘争はかなり短い時間内の出来事であり、そもそも分断的評価に親しみにくいように思われる。第二に、原判決の前記のような認定は、主として齋藤供述によっていることが明らかであるが、車道上での被告人と相手方との関係については、前記のとおり、齊藤供述とは異なる明石供述や府川供述が存在するのであり、これらの供述によると、被告人と相手方は車道上でも初めは相互に攻撃し合っており、途中から被告人が一方的に攻撃するようになったように窺われ、しかも、齊藤供述のみを信用し、明石供述や府川供述を誤りと断定すべき理由は見当たらないのである。以上の二点からして、原判決の急迫不正の侵害の終了時期に関する前記認定は失当というほかなく、結局、相手方による急迫不正の侵害は、車道上に移動してからもしばらくの間継続していたが、被告人の反撃によって相手方による攻撃の程度は弱まっていき、そのうちに、相手方は攻撃の気配を示さなくなっていたもの、すなわち、被告人の一連の本件所為の序盤では、急迫不正の侵害が存在していたが、中盤にこれが弱まり、終盤には終了していたものと認めるのが相当である。

2 防衛意思について

原判決は、前記のとおり、急迫不正の侵害は終了した旨判示するとともに、被告人には防衛の意思もなかった旨判示している。

しかし、前記認定の事実によれば、被告人の本件所為は、もともと先になされた相手方の攻撃に対応し、これから自己の身体を守るために開始されて、引き続き続行された一連の暴行であるから、これにつき、全体として専ら攻撃の意思に出たものとして、防衛意思の存在まで否定するのは相当でなく、原判決はこの点においても事実を誤認したものといわなければならない。

3 防衛行為の相当性について

前記二及び三1の認定事実に基づき、被告人の本件所為が防衛行為としての相当性の範囲内のものであるか否かを検討すると、被告人が車道上において、相手方に連続的に膝蹴りを加えた行為は、それ自体が全体として相当性の範囲をやや逸脱している上、その後の被告人の暴行は明らかに相当性の範囲外にあるものと認められる。そして、被告人の最後の路上に倒す暴行を含む終盤の行為も、相手方からの急迫不正の侵害により興奮状態に陥った余勢によるものであることは明らかであるから、被告人の本件所為については、これを全体的に考察して、防衛行為ではあるが、防衛の程度を超えたものとして、過剰防衛の成立を認めるべきものと解される。なお、所論は、被告人にはその行為の過剰性についての認識がなかった旨主張するが、被告人は相手方の攻撃を認識しつつ、これに反撃を加えており、途中で相手方の攻撃が弱まり、自分が一方的に攻撃を加えるようになったことも当然に認識していたものと認められるし、相手方の転倒が被告人の故意によるものであることも前述したとおりであるから、自己の行為が防衛の程度を超えるものであることについての認識に欠けるところはなかった(この点に何らの錯誤もなかった)ものと認められる。

四 以上のとおり、被告人の本件所為については、過剰防衛が成立するといわなければならない。したがって、原判決が、相手方による急迫不正の侵害が存在したとしてもこれが早期に終了したと認めた点及び被告人には防衛意思も欠けていたとした点は、いずれも事実を誤認したものであって、その結果として原判決は過剰防衛の成立をも否定しているのであるから、右の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

論旨は、右の限度で理由がある。

(安廣文夫 松尾昭一 金谷暁)

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